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attsumiの日記

日々のことを。

最近の生活

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今年の3月から関東に拠点を移して、生活をしております。
転居の理由は東京の会社で働くようになったから。
今は表参道付近の会社で、自社サービスのアプリやウェブのデザインをしています。
ずっとサービスのデザインがしたいと思っていたので、念願が叶って嬉しいです。

すんでいる場所は神奈川の逗子。
土地勘がないから、すみたい場所が選べなくって。
住んでみたい!と思った逗子で仮暮らしをすることにしました。

なんとなく、逗子の "まち" は左京区に似てるなぁと思っていたら、
左京区出身の人に出会ったり、なんだか自分と似ている人にであったり。
好きな街が一緒の人はどこか似てるところがあるのかな?

ただ、都内に毎日通勤するのは思ったより大変なので、近々引っ越すのだろうけれど。

雨の日が前より好きになりました。
雨の日の翌日、空気の澄んだ晴れた日に、近くの海から富士山が見えるから。

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はてなブログから「過去の同じ時期に投稿した記事を振り返るメール 」が送られてくるようになった。
こういうのすっごく嬉しい!タイムワープしたような気持ちになります。

2年前の今日書いた日記を読み返すと「数年会っていない友人のブログが素敵だった」と書いていました。

attsumi.hatenablog.jp

この時、数年会っていなかった友人とは、連絡をとるようになり、会うようになり、今では一緒に仕事をするようになりました。
なんだか不思議な気持ち。

好きという気持ちについて

京都、すごく好きで、このまま住み続けたいなーって思っていた。特に、自分の今住んでいる地域に愛を持ってるってけっこう自信を持っていえるんじゃないかなー。でも、それだけ好きにも関わらず、街やそこに住んでいる人に対して貢献できてないなぁ...と思った。
たとえば、おいしいものを提供する、経済活動をする、趣味の活動をして喜んでもらうとか・・・何かしらそこに居る人に良い影響を及ぼすこと。極端な例だけれど落ちているゴミを拾うとかもそうだよね。。でも、そういうことをここ最近はしようとしなかったなぁ。
なんていうか、好きだけれど、好きっていうだけで、消費者的な態度でいたのかも。。受け身なかんじ。
何かを好きになることはとても尊いことだし大事にしたいけれど、与えてもらうだけでなくて何か自分もするぞという気概をもっていたい。

ひとりぐらしで困ること

ちょっとしたことで困ってるような気がしたので列挙してみます。

  • 後ろチャックのワンピースのチャックを閉めるのに苦戦
    • 最近はこつをつかんだけれど、それでも時間かかる。誰かいたらさっと閉めてもらうのにな〜
    • あと、あまりしない姿勢だからか肩がつりそうになる
  • うなじの毛がうまく剃れない
    • ショートカットなので・・・
  • 「2匹入りのさんま」とか見ると、せつなくなるときがある
    • 「さんま、すごく食べたいけれど、賞味期限今日か・・・二匹も食べられないし諦めよう」
  • 虫がでたとき
    • 実家ではおじいちゃんもしくは父に対応をしてもらっていた

ひとりぐらしで良いこともある。たとえば大きなサイズのアイスクリームがひとりじめできる、とか・・。
でもひとりじめじゃなくて分けたほうがおいしい気がするなぁ。

怒りについて

ここ数年間のプライベートで起こったいくつかの対人トラブルを思い返して、振り返りを書くみたいなことしてる。なかなかきつい。渦中にいるとなかなか気づけないことも、時間を置いて、出来事を列挙することで冷静に見られる。

振り返っている途中で誰かの心ない行動や発言に怒れてくることがあった。そもそもあんまり怒りの感情をもたないタイプの人間だれど、心ない行動に対して、変に自分を責めずに行動にフォーカスするのは良いことかと思う(心ない行動というのは私側からある行動を見た評価で別の方から見たら違う見え方があるかもしれない)

心の中に出た怒りは誰にもぶつけることはない。何かを改善したくて叱るならさておき、もう終わってしまったことに対して怒りをぶつけていいことなんてきっとないだろうし。 実際のところの振り返り、怒るよりも自分の行動や発言や思考の未熟さに恥ずかしくなることがずっと多くて『これはひどい』とひとりごちている。 人のせいにしないのが美みたいに語られること多いけれど、ひどいことはひどいと認識するのは大事で、うかつに自責するとおかしいことになる。